« 海外遠征。 | Main | 141円。 »

2006.08.01

ゲド戦記。。。じゃない。

#非常に長い日記になっています。
#お時間のあるときにでも。

今日は映画の日。
早い時間から1000円で見られるので、
先週に引き続きこの夏の話題作、ゲド戦記をみてきました。
去年の秋だか冬だかの時に、映画館の予告CMで公開予定を知ってから、
かなり楽しみにしていたんです。

もともと、アーシュラ・R・グインのゲド戦記を読んだのは小学4年生の時。
ちょうどそのころトールキンの「ホビットの冒険(指輪の序章編)」を読んで、
同じ様なファンタジー小説を学校の図書館で探して見つけた記憶があります。
私が若い頃ファンタジーにのめり込むきっかけになったのが、
斉藤孝男さんの「冒険者たち(ネズミのガンバvsイタチのノロイ族)」
そして「ホビット」とこの「ゲド戦記3部作」だったので、思い入れが非常に深いのです。
今回の映画に出てくるテルーは1990年に再開された第4部のキャラなので、
よく知らないんだけど。

その「ゲド」をあのジブリがアニメ化する、とあっては、
当然「指輪」や「ナルニア」よりすぐれた映画化だと期待して。
原作と、宝島社からでていた「僕たちの好きなゲド戦記」というムック本で、
見に行く前に復習してしまいましたし(^^;
まぁ、朝日新聞の映画評とかの前評判から、あまりできが良くなさそうと不安は感じたモノの、
それでもハウルあたりよりはましだろうし、と。

#以降、ストーリーのネタばらしも含みますので、映画を見に行く気のある人はとばしてください。

まず、ストーリー展開。

書評には原作に忠実、とかなんとか書いてあったのだけれど、
なんで第4~5部のヒロインであるテルーがでてくるんだろう、
本来、テルーの親である竜が第三部では出てくるのですが、それの代わりかなぁ、
と思ってたんですが。
ストーリーそのものが、まったく原作と乖離してました。
どこが原作に忠実なんだか。
指輪やナルニアは、原作に忠実であるべく、バカ長い3部作だったり、原作1巻毎の
映画化だったりとしてるのですが、
映画の筋書きはむちゃくちゃなので、ココで書こうとして10行にまとまらなかったため、
ネットででもあらすじ読んでいただくとして。
今回、吾郎氏は第3部を下敷きにした、オリジナルストーリー化してしまい。
そもそも、原作がゲド、原案がシュナの旅、というなぜ二つの作品を混ぜるのかも
わからないのですが。
映画の方も、話の起承転結もなければ筋もわからず、伏線も意味不明、場面転換は強引、
各キャラクターの立ち位置も世界観もまったく見えないまま、
盛り上がりも何もなく淡々と話が進み、クライマックスまで意味不明の筋書き。
世界がおかしくなった原因もおきざりにされ、主人公ほかの個人的精神論に帰結してるし。
出だしが壮大にみせかけて、ずたぼろの展開でした。
まず、脚本の勉強してから映画つくってほしい。

本当は第三部では、世界の均衡がくずれた理由を探るために王から派遣されたアレンを供に、
ローグ学院の大賢人たるゲドが世界各地を探索し、学院に恨みを抱くハブナーの大魔術師、
クモの仕業であることをつきとめ、冥界に逃げ込むクモを追いかけて生と死の境の島まで
向かい。
生と死の境の島で、二つの世界を隔てる門を開けてしまった
クモに対し、アレンがクモと戦い、ゲドは冥界の亡者と負の力ががあふれだす
門を閉めるのに全ての力を使い果たして世界の均衡を守る、という役割なのですが。

ちなみに第1部が若きゲドが学院で学び、己の影と戦い、アースシー世界の真理を悟り大魔術師になるまで。
第2部は戦乱つづくアースシー世界を統一する腕輪を、最初は敵対するテナーと共に最後は
取り戻し復活させ、世界を安定に導くまで。

正直、それぞれ原作通りふつーに映画化するだけで、充分面白いし、
確かにゲド戦記の世界そのもは、宮崎アニメの雰囲気に合ってると思ったのですが。

アレン(どうも今回の主人公らしい)はなぜ最初に父王を殺す?
原作では、王の使者としてゲドの元に向かうのですが、それを代える必要がどこにある?
そして、父を殺した苦悩がその後でほとんど語られず、伏線にも何にもなっていない。
第1部の主題であるゲドと影との戦いを強引に盛り込み、その代理としてアレンを主人公化
し、かつ影との戦いをさせるくらいであれば、第1部を素直に映画化するべき。
竜も、王国も、なんのために出した?

原作にある地名や魔法の名前をむやみにしゃべらせれば、原作に忠実になるわけではない。

これなら、ゲド戦記という名前をタイトルに使わないで欲しかった。
この映画は原作のよさを全て殺してしまった作品であり、
原作に対する冒涜以外の何ものでもない。


アニメーション


望遠場面での水彩タッチの風景、建物の質感など、さすがジブリ、という場面もあったけど。
本来大切にされるべき中距離では、動かない水彩背景に、
パラパラ漫画のようにうごくキャラクターで、まるで人形劇のよう。
背景とキャラクターのしっかりした絵の乖離が激しすぎて、動画として一体感が無く完全に破綻
させていました。

冒頭の嵐の海の場面で、海の波がべた塗りではじまった時点で期待は捨てましたが、
過去の作品では背景も動きを持って描かれていた中距離で、まさか手抜きをするとは
思いませんでした。
ドラゴンが共食いする時の雲の感じもラピュタや紅豚のような雲の質感は全くなし。
足下でかすかに揺れる草や土埃は、ジブリのリアリティを生み出していた
重要な要素だったと思うのですが。

全編を通して描かれた水彩背景は吾郎氏のこだわりのようですが、
アニメに必要な背景と、映像作品の背景と何か勘違いしているようで。

全編を通して多用された、背景コンテを動かさず人物だけをコマ撮りして重ねるのは、
予算も時間もないTVアニメならともかく、手抜きにしか見えません。
映画でこれだけはやってはいけなかった、と思うとこでした。。
原作の映画化権と声優にお金かけ過ぎて、動画スタッフにお金回せなかったのでしょうか?

宮崎アニメが得意としていた大人数(またはたくさんの機械)での群像劇的な場面も無し。
つーか元々声のあるキャラクターが何人いたよ?
10人に満たないのでは?
もともとそういう脚本になってしまっていたし、街中での人数はほとんどが
背景としてしか描かれていなかったし。

制作途中でのスタッフ間の反目やら離脱やらいろいろあったみたいですが、
プロがそれを言い訳にして手を抜くのは論外だと思うのですが。
エヴァの時でこりたり、他山の石にしてなかったんかい。

タレント声優

V6の岡田君はきらいでないし、菅原ブンタもえらい人だと思う。
でも、俳優と声優、ましてアイドルあがりのタレントと声優は職種として全く違うはず。
基礎も何もない、素人を大事な映画で使わないで欲しい。
ギャラだってやすくないんだろうし、無駄なところに費用をかけるな。
(そーいう意味でも監督失格ですね)
どのキャラクター役の声優も、聞き取りづらく、棒読みの台詞。
動きのコマにあっていない息つぎ、勘定を爆発させなければならいところでもちっとも盛り上がってない。
かろうじてウサギ役の香川照之さんが後半まともになった程度で、それも最初はだめだめだったし。

ただでさえ最低の脚本が観念的な部分は全てセリフに丸投げしてしまっているのに、
まともにしゃべれていない声優がぼそぼそと、では・・・。
救いようがありません。
アニメは、動きが絵で動きが表現されるのではなく、声で表現させるはず。
それを素人、しかも大根役者をもってきたのでは、自らこの映画は駄作です、と云っているようなもの。
舞台や落語など、声が勝負の場所で活躍していた俳優さんならともかく・・・

素人俳優を声優に選ぶのは、昔はプロモーション的には多少効果があったのでしょうが、
これだけ乱発されるとありがたみもないし、ましてそれがド下手では映画の価値を下げるだけ。
なぜジブリはそれに気づかないのでしょう?
ハウルの時もひどかったけど、ゲドはますますひどくなってる。

本業の声優さんは、元々日本は非常に高いレベルにあったはずです。
今後は、是非とも初心に戻って欲しいところ。

結論。
こんな駄作に「ゲド」の名前を使うな。
「指輪」「ナルニア」に並べるべくもない、最近では最低の映画になってました。
日本のアニメの質の低下を象徴してしまっただけではないですか。
これを本当に海外に持って行くのでしょうか?
嘲笑の的になるだけですよ。
ジブリも今後、吾郎氏を監督としておだてる限り、未来無いですね。

1日の映画の日、まして夏休みとあって、夜7:30からの回でも結構若者が多く。
携帯をぱかぱかさせるヤツ、あげくにメールは打つは途中で出入りしてうろろするは。
マナー最悪。
換気がよくなかったのか、食べ物のにおいも充満してて気持ち悪かったし。
日頃は平日ガラガラのレイトショーしか見に行かないから、
人の多さだけでもげんなりしていたのに。。。
話題作なのでグループやカップルで見に来るのは良いのですが、
映画を見るときのマナーくらい守れ。
映画も最悪だったけど、観客も最悪で、気分も最悪でした。

|

« 海外遠征。 | Main | 141円。 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference ゲド戦記。。。じゃない。:

« 海外遠征。 | Main | 141円。 »